2012年8月25日土曜日

ハチミツの保存性にまつわる俗信

ハチミツの保存性の高さを強調・証明しようと、しばしば「エジプトのピラミッドから発掘された3300年も前のハチミツが問題なく食べることができた」という俗説が語られることがあります。このような俗説は日本だけでなく世界中の養蜂家やハチミツ愛好家の間で知られています。

この俗説は、アメリカの著名な考古学者セオドア・M・デービス(Theodore M. Davis)(1837-1915)が、いわゆる「王家の谷」での発掘調査中に(1902-1914)、イウヤ(Yuya)王子の墓において遺物と共にツボにはいった蜂蜜のようなものを発見したエピーソドを根拠にしています。

このエピソードは、国内で著名な養蜂家渡辺孝氏(1921-1998)が『ハチミツの百科』(真珠書院、1969, pp. 23-24)の中で、ハチミツの保存性の高さの証拠だと無批判に紹介し、またそれが孫引き等されたことにより広く知られるようになりました。

このエピソードに由来する俗信は一見ハチミツの保存性の高さをわかりやすく説明するものであることから広く流布され、特に疑われることなく信じられています。しかしながら、この俗説に根拠はありません。

デービスらの「3300年もののハチミツ」の発掘の様子は次のようなものでした。
そこには素晴らしい雪花石こうの瓶があり、そのひとつに、時を経てなお凝固していない、ハチミツやシロップのような液体が見つかり、われわれは驚かされた。――『ファラオの栄光』"The Glory of the Pharaos" (Arthur Weigall, 1923, pp. 144)
「ハチミツ…のような液体が見つか(った)」とされており「ハチミツが見つかった」とはされていません。また、もし内容物がハチミツであったなら、3000年の時を経て結晶化していたはずです。凝固していなかったとの報告のひとつをとっても、それがハチミツでなかったことは明らかです(実際はミイラを作るために用いるナトロンだったようです)。さらに、食べたという事実の記述はもちろんのこと、食べられそうだったという評価も記されていません。

なお、イウヤの墓(KV46)は、王家の谷にありピラミッドではありません。